ユーラシアンクラブ・愛川サライが発足総会
子どもが集うアジア・シルクロードのまちづくりめざし「愛川サライ」発足
25日、神奈川県愛川町で、NPOユーラシアンクラブの支部として、地域にふさわしい活動を進めることを目的とした「愛川サライ」が発足しました。第1回の総会には発起人、事務局幹事、代表幹事ら13人が参加し、今後、全員の知恵と工夫を集めて、出来ることからやっていきましょう、と確認しました。
今回発足した「愛川サライ」は、私が愛川町に移住した4年前から、居住地でもできることはないかと漠然と考えて、一昨年から1年がかりで、模索してきたもので、「アジアシルクロードアンテナショップ、チャイハナ愛川サライ」のオープン、裏の竹薮前の空間や築100年の囲炉裏もある古民家でのミニコンサート。また新宿のユーラシアンクラブ会議室で開始した「ユーラシアンフォーラム」での参加者や愛川町のイベントに協力してくれた江藤セデカさんやバーボルドーさん、パンチャラマさんらとの協力で活動を展開するという構想も生まれ、自然に「愛川サライのスタッフグループ」のような仲間が形成されました。最終的には、昨年11月16日に、神奈川県立愛川ふれあいの村での国際交流イベントに参加し、セデカさん、ボルドーさん、パンチャラマさんらが全面的に協力していただいたおかげで、愛川町のまちづくりや国際交流に興味のある方々の高い評価を得ることとなりました。こうした経緯から、私は、愛川町にふさわしい活動をする支部として立ちあげるために「愛川サライ」の規約案を作成、12月24日に発起人会を開催。規約を承認し、活動計画を作成する作業が始まりました。
またユーラシアンクラブも、クラブの存在意義、存立の条件を模索する議論をお願いし、2月には、地域密着型で活動し、子どもにウェートを置き、情報通信機能を模索するという方向を確認することが出来、愛川サライはその一環として愛川町で活動する整合性も得て、総会が開催されました。
総会は、アジアの解放に情熱を燃やし、戦後東京裁判にかけられながら釈放され、晩年を過ごした大川周明の住居でもあった、古民家「山十邸」で開催。愛川町繊維産業会の落合勝司専務理事、国際交流クラブを創設した高橋富照さん、滝亀久男愛甲商工会理事、相原静夫半原田代地区まちづくり実行委員長、をはじめ、愛川町を愛する元教育者である足立原泰さん、アジアを視野にした経営展開を提案するコンサルタント小島丈太郎さんらが個性溢れる自己紹介を行い、愛川サライへの希望を語りました。第1回総会では、時間不足で、十分な議論が出来なかったものの、今後、参加者各位と相談しながらすすめることになりました。
私の方からは、①日本やアジアの未来を子どもに託し、日本の子どもとアジアの子どもが対話しお互いの理解を深め、バーボルドさん(モンゴル)、セデカさん(アフガニスタン)、パンチャラマさん(ネパール)が続けている祖国の子どもたちの就学支援の活動をサポートする「アジア子ども未来プロジェクト」、②日本とアジア・シルクロード地域と日本の深いかかわりを改めて見直し、日本がアジアの一員として生きていくのに有益な理解促進のためのさまざまな活動として、1)シルクロード諸地域を含めた広いアジアの料理文化を紹介する「アジアンクッキング」、2)パンチャラマを中心としたアジア・シルクロードの優れた演奏家によるコンサートやモンゴル相撲、アフガニスタンと日本をつなぐさまざまアジアの文化を紹介するアジア・シルクロードフェスティバルを年に一回、愛川町文化会館で開催する3)また随時愛川町や厚木市など近隣の自治体で行われるイベントに財源を確保しながら積極的に参加していくことなどを提案。特に愛川町半原田代地区が全国の市場の八割を占めたこともあるシルクの縫い糸生産が現在の愛川町の基礎を形成し、中津を含め、旧相模国愛甲郡の中でシルク産業という点では重要な役割を果たしていたことや現在産業としては停滞しているものの、なお地域の活性化のため人材育成や普及などで努力している工場などが40社近くあることなどを考慮し、アジアの時代にふさわしい、シルクロードを視野に入れたまちづくりやシルクロードの情報を収集し、発信する活動などを提案しました。
ユーラシアンクラブの地域密着型の事業の一つとしてご支援いただくようお願いいたします。(同文をニュースレターに掲載)
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